2026年 恵方巻き
日付:2月3日(火)
方角:南南東(やや南)
恵方巻きの起源は諸説ありますが、幕末から明治時代にかけて大阪の船場で事業を営む旦那衆が、芸子さんたちと太巻1本を丸かぶりする大尽遊びをしていたことが始まりとなったといいます。
恵方巻きは、節分が近づくとコンビニやスーパーに大量に並べられますが、全国区の行事になったのはそれほど古いことではありません。今日のように、国民の5割近くの人が食べるようになったのは1990年代以降のこと。近畿地方はともかく、全国的にはそれほど古いことではありません。広まったのは、季節の行事食を商品化して、テレビコマーシャルなどで販促活動を展開してきたコンビニの企業戦略と関係がありそうです。ところで、縁起物文化には作法がつきものです。恵方巻きの場合もこれが重要。丸かぶりする理由は、福を巻き込んでいるとされる巻き寿司を切らずに食べることで、〈福が切れない=福を得る〉ことができると考えられてきたためです。一般に知られるのは「恵方=吉をもたらす方角」を向いて丸かぶりすることですが、「恵方」は十干十二支によって決まるため、毎年方角が変わります。
「2026年は『丙(ひのえ)』、南南東のやや南の方角が恵方となります。食べている間は願い事をしながら終始無言。これも鉄則です。【出典;ウエザーニュース 節分の定番“恵方巻き” 正しい食べ方や今年の恵方は? (2026年2月3日)より、抜粋引用させていただきました。】
へぇ~、恵方巻きの起源は大阪。
全国的に広まったのは割と最近の1990年代以降なのかぁ~、なぁ~R程、Naるほどですね。
更にAIで調べてみると、恵方巻きという呼び名は広島由来とのこと。
【AIによる概要】 広島由来の経緯と詳細
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ぷっw
全国的に節分に恵方巻きを食べる習慣ができたのは、何と広島のセブンイレブンがきっかけだったとは!
しかも「舟入店」と具体的に地名の店舗名まで記載されていて、同じ広島市民としては妙に生々しいですな。
そう言えば、よく考えてみたら自分が子どもの頃は豆まきはしたけど恵方巻きなんか食べたことないですもん。
2026年2月3日夕方の巨大スーパー。
惣菜や鮮魚コーナーは恵方巻きで埋め尽くされておりお客も普段よりも多く賑わっていて、ちょっとしたお祭りのようでした。
地方の1コンビニから始まった「恵方巻き」が、こうして日本の食の流通に大きな商売をもたらしたのですな。
さあ!
我らがスリムちゃんブログにおいても、恵方巻きを食らう準備が整いました。
南南東に向かってスリムちゃんが丸かじりした2026年の恵方巻きとは?!?!
🔲江波巻き(スリムちゃんアレンジ)
えばまきと呼びます。
江波は、広島市内の海に近い地区の名称です。
●江波巻きとは? 古くからのりの養殖が盛んな広島市中区の江波地区で、昔から食べられているのり巻き。 焼きのりにご飯と広島菜漬け、かつおぶし、しょうゆ、ごまをあえたものを乗せて巻いたもの。 酢飯ではなくご飯を使用し、具は漬物など手軽で保存性の高いものを入れる。 巻き終わりに両端を閉じて中の具が出ないようにすることもあり、沖に出るときは懐に簡単に入れられ、また櫂(かい)を漕ぎながらでも片手で食べられることから、ゆっくりと食事をする時間のないのり漁師が船の上で食べたのが始まりと言われる。 【出典 農林水産省;うちの郷土料理 江波巻き 広島県 より、抜粋引用させていただきました】 |
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海苔屋がおすすめする「江波巻き」レシピ|丸徳海苔
【動画出典; 丸徳海苔おいしい海苔と瀬戸内のうまいもの より、共有埋込コードにてリンクさせていただきました】
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ほぼ江波巻きのレシピどおり、具材は香り付け程度にしょう油を垂らした刻み広島菜とかつお節とごま。
スリムちゃんアレンジとしたのは、ご飯は白米ではなく「もち麦入りごはん」を使用しているからです。
ガブリっ!!
・・・と、江波巻きを丸かじり
「シャキシャキ!」
ん!
快適な歯触りと繊維質の少ない豊潤で爽やかな広島菜の美味さがかつおぶしと一体となって美味い。
美味しすぎて丸かじり1本じゃ間に合わん、しかし、食べ過ぎになるので南南東に向かって食したのは1本のみでございます。
江波巻き、これはけっこう恵方巻きとしてもイケるのではないでしょうか!
恵方巻きとの名前が初めて命名されたとされたセブンイレブンの店舗がある舟入地区。
今日食べた江波巻きが食べられている江波地区とはほぼ隣町となりますが・・・・
そう言えば「江波」と言えば、広島に原爆が落ちたときに市内中心部から離れているので焼け残った地域でした。
漫画「はだしのゲン」で、家が焼け落ち父と姉と弟が亡くなったゲンは、生まれたばかりの赤ん坊を連れて母の親友がいるという海に近い江波地区に向かうのですが・・・・・
その江波でゲンとお母さんは、「林のバアさん」など江波の人間から壮絶な差別といじめを受けて正に「生き地獄」の体験をしてしまいます。
ゲンの作者中沢啓二さんは、江波地区からわずか1㎞足らずの舟入地区が自宅だったので、たったこの距離が人の生死を分けたであろうし、物資や食料が絶対的に不足した終戦直後のこと、今度は家を持つもの持たないものの差において、人間の邪悪さを思い知らされてしまいます。
恵方巻きの名前の由来となったとされるセブンイレブンの店舗はゲンの家が焼かれた地区である「舟入店」でした。
ただし、虐められたゲン家族には落ち度はないとはいえ、いじめ側の江波の林のババア一家も息子が戦死するなど、屈折してしまう状況があるんですよね。
映画「火垂るの墓」で主人公兄妹を苛め抜く「西宮のおばさん」と同じようなキャラクターでしょう。
ただしAIによりますと、火垂るの墓の高畑勲監督は「誰もが、あの西宮のおばさんのような人間にすぐになっちゃうんじゃないか、と怯えてほしい」と語っており、意地悪な悪人としてではなく、戦時下の厳しい社会で生き残るために冷徹にならざるを得なかった「普通の人」として描かれているそうです。
つまり、江波や西宮のババアは、極限に置かれた私スリムちゃんの姿でもあるし、読者の皆さんの姿でもあるのでしょう。
戦争が悲惨なのは何も他国との争いだけじゃない、同じ国内の、近所の、日常生活が破壊されてしまうことこそが真の地獄といえましょう。
少し前のコロナ禍のときには「他県ナンバー」に過敏になってしまった人間の哀しい習性も記憶に新しいところです。
私は小学生の時に少年ジャンプではだしのゲンを読んだので、子供心には「江波には人間のクズが住んでいるんだ」と思い込んでいました。
大人になって還暦まで過ぎた今はもちろん、さすがにそうは思っていません。
「俺がもし焼け残った江波に住んで家が残っていたら、焼け出されて浮浪者同然で逃げてきた人を、知人とはいえ受け入れることができるのだろうか?」と、薄汚れて世間の垢にまみれてしまったオノレを見つめ直しています。
アニメ映画「この世界の片隅に」の主人公すずの生まれは江波で、実家は広島海苔の養殖業一家でしたね。
すずは広島の実家を離れて呉に嫁いでいきますが、呉空襲で片腕を失ってしまいます。
映画の終盤で、原爆の直撃を受けずに無事であった江波の実家を訪ねたあとすずと夫は、原爆孤児の女の子と出会い一緒に呉に連れ帰ります。
スリムちゃん「ふふ、江波にも優しい人がいて良かったなw」
なお「この世界の片隅に」の聖地巡りで江波の各所が案内されていますが、「はだしのゲン」でも江波の聖地巡りをすればどうでしょうか?
ゲン一家を虐めた林一家が住んでいたとされる場所とか、林の婆さんが肥溜めに落ちた場所、狂った政二さん宅など・・・・・
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🔲なめこのかきたまスープ
たんぱく質摂取のため、かきたまスープもいただきました。
とろみには片栗粉など使わず、なめこの成分のみで醸し出しています。
あぁ~、美味い。
五臓六腑まで暖まっていきます。
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🔲子いわしの天ぷら
節分の日に食べるとされるイワシがスーパーで売ってませんでした。
代わりに惣菜品の「子いわしの天ぷら」を買って帰りました。
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