2026年3月11日・・・・
東日本大震災の発生から15年となりました。
犠牲になられた方々のご冥福と、被災地の真の復興をお祈りいたします。
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亡き人しのび、語り継ぐ 東日本大震災15年
2万2千人以上の犠牲者が出た2011年の東日本大震災は11日、発生から15年となった。 岩手、宮城、福島3県の被災地では遺族らが亡き人に手を合わせ、戦後最大の自然災害の教訓を継承するとの思いを新たにした。 インフラはほぼ整備された一方、まちづくりの遅れや人口減など課題は残る。 福島では東京電力福島第1原発事故で約2万3千人が県内外に今も避難、廃炉完了は見通せない。 心のケアなど国の支援が区切りを迎える事業もあり、被災地復興は岐路に立つ。 【動画出典; 共同通信 KYODO NEWS より、共有埋込コードにてリンクさせていただきました。】 |
解除見通せず全国で再稼働 福島県民「福島の被害、教訓軽視」
【福島民報 2026/02/12 】
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≪記事の概要≫
🔲東京電力福島第1原発事故の発生から3月11日で15年となる。
🔲事故直後に政府が出した「原子力緊急事態宣言」は解除の見通しが立っていない。
🔲背景には、解除を巡る法的条件のあいまいさがある。
🔲宣言が続くまま国内原発の再稼働が進む現状に、避難を経験した福島県民からは「福島の被害や教訓を軽視している」と疑問の声が上がる。
🔲一方、観光関係者には宣言が風評を招くとの懸念も。
🔲再稼働した原発に異変があれば、新たに宣言を出す恐れもあるだけに、識者は解除の道筋を明確にすべきと指摘する。
福島第一原子力発電所事故は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波により、東京電力の福島第一原子力発電所で発生した原子力事故。 1986年4月のチェルノブイリ原子力発電所事故以来、最も深刻な原子力事故となった。 国際原子力事象評価尺度(INES)において、7段階レベルのうち、当初はレベル5に分類されたが、のちに最上位のレベル7(深刻な事故)に引き上げられた。 なお、レベル7に分類されている事故は、チェルノブイリ原子力発電所事故と、福島第一原子力発電所事故の2つのみとなっている。 2015年3月時点で、原子炉内にあった核燃料のほぼ全量が溶融している。 この事故に起因する放射性物質による汚染で、2024年6月時点、帰還困難区域は、高知市とほぼ同じ面積の309km2(東京ドーム約6,609個分)となっている。 【フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』福島第一原子力発電所事故 より、抜粋引用させていただきました。】 |
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メルトダウンから15年~福島第一原発の現場は
【豊島晋作のテレ東経済ニュースアカデミー】
東日本大震災によって炉心溶融=メルトダウンに陥り、史上最悪レベルの原子力災害を引き起こした福島第一原発内部をWBSの豊島キャスターが取材。 2051年と言われる今後の廃炉に向けた作業の進捗、放射線の状況などを現場からのレポートを交えて徹底解説する。 【動画出典; テレ東BIZ ダイジェスト より、共有埋込コードにてリンクさせていただきました。】 |
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『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』刊行対談
記憶と忘却の政治学③ 内田 樹×青木 理(2026.1.23)
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≪記事の概要≫
🔲東日本大震災・原発事故から15年、あれほどの危機に見舞われたにもかかわらず“原発回帰”政策が露わに進められ、それに反対する声も間遠になった。
🔲「東日本壊滅」の間際に瀕した危機と恐怖はもう人々の記憶から抹殺されてしまったのか。
🔲とすれば、私たち日本人は深刻なる健忘症にかかってはいないか。
🔲飯舘村に関して言えば、津波はもちろん震災の直接的被害は皆無に近かった。
🔲あの福島第一原発の破滅的事故さえなければ、間違いなく従来の営みを続けることができた。
🔲事故原発が撒き散らした大量の放射性物質によって田畑も山林も汚染され、一時は「全村避難」を強いられ、今に至るも帰還率は2割ほど。
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機械や構造物などカタチあるものは必ず経年劣化が進むし、長い年月の間にはヒューマンエラーが発生します。
災害や人災を減らすことはできますが、「ゼロ」にすることは本当に困難と思われます。
ましてや、4つのプレートがひしめき合う世界有数の地震多発地帯(「地震の巣」)である日本列島・・・・
東南海トラフ大地震により原発の過酷事故が発生すれば、住めない地域のほうが多くなるかもしれません。
原子力以外の発電施設では住めない地域は出来ないし、時間はかかっても人間が操作できるので必ず復旧するでしょう。
でも、原子力は・・・・・・・・
原子力発電所の恐ろしいところは、ひとたび事故が起きて収束に失敗すれば、人間が近づく事ができないという事に尽きるでしょう。
つまり・・・・・・・
制御不能
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国土喪失
福島第一原発事故による、放射線量がきわめて高く政府が長期にわたって住民の立入りを制限している「帰還困難区域」の避難対象住民は2026年3月現在で約2万3000人にのぼり、帰還困難区域は政策によって徐々に減ってはいますが、15年経過した現在も高知市とほぼ同じ面積の309km2(東京ドーム約6,609個分)となっています。
正に痛恨の「国土喪失」でございます。
尖閣だ、北方領土だ、台湾有事だ、80兆でトランプから武器買うんだ、と、勇ましい事を言ったって、本州の福島という実り豊かな大地や故郷を失ってしまったという「既に発生してしまった、原発事故による国土喪失」を省みない輩は「クソへたれ野郎」といっても過言ではなく言い足りないくらいだと、スリムちゃんブログでは考えます。
読者の皆さんにも考えてもらいたいものです。
収束のため懸命に作業した現場東電関係者を始めとした人々がいたことと、偶然にも格納容器が致命的に破壊されず、放射性物質の拡散が最小限に抑えられたことで、かろうじて「その後の日本社会」があることを。
結果的に、多くの現場のスタッフの死を覚悟した行動や、当時の施設設計、運が重なり、最悪のシナリオは回避されたとされています。
最悪の事態を免れた原発事故でしたが、それでも当時の事故直後は「約16万人」が避難しました。
もし原発事故が膨大な放射性物質が拡散されていたら、時の政府は福島第一原発から半径250㎞に暮らす「5000万人避難」のシナリオも検討していたことが明らかになっています。
事故から15年経過してもなお、多くの人々が避難をしていたり、自然豊かな広大な森林・田畑そして人々が暮らす町が消失したのに、そしてそのことは15年前に大人だったすべての日本人が身に染みて分かっているはずなのに、なぜ原発政策を推進していくのか、全く愚かとしか言いようがありません。
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読み方;ごこくほうじょう穀物などの農作物が豊作になることを幅広く指す言葉。「五穀」は米、麦、粟、黍または稗、豆の5種類の穀物のこと。「豊饒」は作物などが豊かに実ること。
日本では古代から人々は五穀豊穣・大漁・大猟・天候安定などを祈っており、安定した生活を次の世代へと受け継ぐことを願って、自然と折り合いながら今日の繁栄を築いてきました。
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葛尾村に新たな伝統を…
五穀豊穣に感謝し人をつなぐ刈穂祭【福島県】
(2023年10月1日)
【動画出典; 福島中央テレビNEWSより、共有埋込コードにてリンクさせていただきました。】
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ややもすれば「脱原発は左巻きだ、売国なんだ」とか何とか、結局リテラシーの低い人が「ニューメディア(オノレが信じることにバイアスがかかっているだけ)」やらに洗脳されて語る人もいますが、逆にそういう「自称愛国者」こそが、東京裁判で死刑になることを赦してもらう代わりに、政治家や有力実業家となって、日本人を貶める隣国カルトや外国の軍産複合体の指令を受けて政治を動かしている輩たちの思う壺となるという「売国奴」となっていることにも気が付かないなんて、片腹痛いものでございましょう。
美しい国土の保全や縄文から受け継いできて成り立っている人々の暮らし、そして自然からの恵みである五穀豊穣を祈る気持ちや美味い食事を食いまくる文化を守りたいという意味では、「原発ゼロこそ真の愛国者」であるというのがスリムちゃんブログの明確な立場でございます。
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そうはいきませんからね。
人類が日本列島に到達した数万年前から「五穀豊穣を願う人々が暮らしてきた国土」において、水や土や自然と共生してきた人々が、下らんイデオロギーや同調圧力で誤魔化されて分断されるのは哀しいことでありましょう・・・・
今は、立場や確執などを超えて我らが日本の国土(政治的な意味ではなく、まさにキレイな山、川、海、人、そして食いもの)を守ることを1丁目1番地として、みんなで知恵を出し合って「呉越同舟」することが重要でございましょう。
スリムちゃんブログでは、私たちの子どもや孫が安心して食いまくることができる未来のために、当シリーズは「原子力緊急事態宣言」が解除されるまで、これからも継続してまいります。
東京電力福島第一原子力発電所は、2011年3月11日の東日本大震災で全電源を喪失して制御不能となり、放射能を放出し次々と爆発しました。当時の首相は、東京住民も避難させなければならない事態も想定し、天皇には実際に避難を促しました。福島原発の事故は、首都消滅が想定されるほどの事故だったのです。最悪の事態は回避され、今では人が住めなくなった場所は除染され建物は撤去されて”きれいなまち”に姿を変え、原発事故は過去の出来事になりつつあります。しかし、今でも放射線量が高く、人が住むことができない地域があります。江戸時代から300年以上続く「大堀相馬焼の郷」もその一つです。大堀相馬焼は関東から北陸・北海道までの広い範囲で民衆に愛用され、江戸時代は窯元が100軒以上になり,千石船で出荷されていました。しかし、原発事故によって、300年続いてきたこの地域での営みが一瞬にして失われてしまったのです。「東京電力は陶器を注文してくれた。原発があるおかげで大きな交付金が来た」と大堀相馬焼協同組合の元理事長は証言します。大堀相馬焼の振興と観光の拠点として建設された物産会館「陶芸の杜おおほり」は、原発に関する国の交付金約2億5千万円を使って建設されました。またある窯元は「「原子力は安全ですよ」と広める係をやって、絶対安全だと思っていました。一方、別な窯元は「原発に反対するようなことを言ったら村八分になるような感じだった」と建設当時のことを話します。原発は、安全神話とカネ、異論を許さない大きな力によって推進されてきたことが、「大堀相馬焼の郷」でも知ることができます。「陶魂会」は、原発事故の被害を「大堀相馬焼の郷」を通して伝えたいと考えています。【出典;大堀相馬焼の郷「陶魂会」 より、抜粋引用させていただきました。】
【現在も】原子力緊急事態宣言【発令中】
(2019.3.11~連載中)

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⑨原発事故なんか忘れてWBC視聴
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【原子力緊急事態宣言が解除(100年後?)されるまで続きます】
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