ヘルシー長寿研究会2020(6)徐福伝説と食文化の継承

紀元前219年との事なので、西暦2020年の現在からみて今から約2,240年前の出来事だそうです。
当時の中国の統一国家「秦」の始皇帝の命により、不老長寿の食材を求めて、当時はまた国家がなくて弥生時代であった日本を訪れたとされる「徐福」なる人物がいたとされています。

『史記』巻百十八「淮南衡山列伝」によると、秦の始皇帝に「東方の三神山に長生不老の霊薬がある」と具申し、始皇帝の命を受け、3,000人の童男童女(若い男女)と百工(多くの技術者)を従え、財宝と財産、五穀の種を持って東方に船出したものの三神山には到らず、「平原広沢(広い平野と湿地)」を得て王となり、秦には戻らなかったとの記述がある。
東方の三神山とは、渤海の先にある神仙が住むとされた島で、蓬莱・方丈・瀛州(東瀛とも)のことであり、蓬壺・方壺(ほうこ)・瀛壺とも称し、あわせて「三壺」という。
のち日本でも広く知られ、『竹取物語』でも「東の海に蓬莱という山あるなり」と記されている。
蓬莱や瀛州はのちに日本の呼称となった。

不死の妙薬を求めて航海に出る徐福(歌川国芳画).jpg
(不死の妙薬を求めて航海に出る徐福;歌川国芳画)

【出典;ウイキペディア「徐福」より、抜粋して引用させていただきました。】

徐福は東方つまり日本にやってきて、日本のどこかの平野で王になって、祖国中国(秦)には戻らなかったという伝承が残されているようです。
徐福の生涯を終えたとされる日本の地域とは一体どこなのか、邪馬台国発祥の議論を含めて様々な諸説があるなど、古代史研究においてかなり熱く激しい状況があるようなので、食いもん系の拙ブログでは完全スルーとさせていただきやす。
そして、現代の日本では、徐福やその一行が不老不死の食材や薬草の類を発見したとして、何と全国各地の数十ヶ所の地域で各々の「徐福伝説」として語り継がれているようです。

私もそれぞれの寿福伝説の内容を、主に自治体の歴史や観光のHPを通じてざっと調べてみました。
各地域がアピールされる「徐福が見つけたであろう不老不死の食材」とは、当然その地域で自生あるいは収穫される「食材」ですので、拙ブログがいかに底辺零細ブログと言えども、それぞれの地域に伝承される「不老不死の食材」を一方的に取り上げたり肩入れするわけにはまいりませんね(苦笑)。

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不老不死なんかあり得ないと分かっている現代人でも、少しでも健康長寿な人生を過ごしたい、そのために効能あらたかな食材を食べたいという気持ちは、古今東西、人類最大公約数の思いでありましょう。

た・だ・し。。。。で、ある。
・・・と、スリムちゃんは思います。

長寿食が「何か特定の食品」とか「長寿地域の食材である」という思い込みには気をつけたいものです。
始皇帝先生には申し訳ございませんが、特別な長寿食など存在しないというのが、21世紀に生きる現代文明人のコンセンサスでございましょう。

以前の記事でも書きましたが、その地域地域に暮らす人々の「腸内細菌」に合った「その地域の抗酸化メニュー」を食べていくことが「老化や病気の元となる慢性炎症」を抑えるために大いに効果があるとすれば、使い古された言葉かもしれませんが「地産地消」の食事を摂取することが大切であろう、と、スリムちゃんは当特集シリーズを通じて、更に思いを強くしています。

各々の地域での「地産食材と伝承された食事スタイルを今も摂取している人の割合が多い地域が、健康長寿者が多いのでは」との、私の推測憶測でございます。

ひろしま地産地消ファンクラブ.jpg
【画像出典;ひろしま地産地消ファンクラブFB より、転載させていただきました。】



ま・ご・わ・や・さ・し・い
ま・ご・わ・や・さ・し・い.png
ま:豆類
ご:ごま
わ:わかめなどの海藻類
や:野菜
さ:魚
し:しいたけなどのきのこ類
い:芋類


日本列島に暮らす人々にとっては、やはり豆や魚からのタンパク質摂取や「穀物や米」からエネルギー源を、そして「海藻・野菜・きのこ」などからビタミン・ミネラル・食物繊維をたっぷり摂取していたのでしょう。

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【出典;スリム鳴造蔵書「免疫力の高め方100」より、絵と文;永山久夫(食文化史研究家)】


上記の絵と文をお書きになられた食文化史研究家の永山先生は、昆布などの海藻類を世界一よく食べることが日本人の健康長寿に役立っていると解説されています。
各地の徐福伝説ではそれぞれ不老長寿の食材が異なりますが、「昆布」については北海道から沖縄まで、日本全域で食べ続けられてきた身近な食材です。


日本列島を南北に3千キロメートルも離れた沖縄と北海道は、思いのほか古い時代から交流がありました。
伊達市の有珠10遺跡では、続縄文時代(7世紀)のものとして沖縄近海でしか採れないイモガイやゴホウラの貝輪(ブレスレット)が発見されています。
むろん直接の交流ではなかったにせよ、当時の人びともはるか南の島の人びとの生活や文化を意識した暮らしをしていたかもしれません。
沖縄との交流がとくに進展したのは、17世紀に北海道の特産品である昆布が北前船で長崎に運ばれ、薩摩を経由して琉球王府に渡ったときからです。
はじめは中国への進貢貿易品や宮廷料理の食材として取り扱われ、やがて庶民の食膳にのぼり、沖縄の食文化に欠かせないものとなりました。
この昆布が渡ったルートを「昆布ロード」と呼びます。
北海道の函館では、この昆布ロードがもたらした食文化を再検証することで、新たな交流と地域活性化の活動が進んでいます。

【出典;ウェブマガジン カムイミンタラ「北海道と沖縄を結ぶ昆布ロード」より抜粋して引用させていただきました。】

●昆布ロード
昆布ロード.gif
【画像出典;こんぶネットHP「昆布の歴史」より転載させていただきました。】


へー、やあやあ、日本全国津々浦々まで、昆布ってヤツは古代から大人気ですね。
昆布も不老長寿の食材として探し求めていたそうですから、さすが徐福先生はお目が高い・・・ってかw
そして、引用のカムイミンタラさんの記事と、こんぶネットさんの地図を見て、私は以下のような感想を持ちました。
         ↓
大船団なおかつ大人数で、はるばる海を越えて日本にやってきたとされる「徐福様ご一同」
始皇帝の命を受けて不老長寿の食材を求めて来日したとのことですが、一方で、始皇帝の圧政から逃れるために集団移民で新天地の日本に逃げてきたとの説もあるようです。
目的はどうあれ、徐福は中国から五穀なとの穀物の種子や金銀・農耕機具・技術を携えて日本に来たとされています。
寿福、大船団.jpg
勉強不足で妄想憶測の私の古代ロマンに過ぎませんが、ひょっとしたら「日本全国に残る徐福伝説」とは、長寿食を探し求めたという文献からの逸話のみならず、徐福とその一行が日本に集団移民して永住し、その後の日本に「耕作術、航海術、その他国作りの根幹を成す偉大なる財産を残してくれたことへの感謝」なのかもしれないな、とも思いました。
・・・と言うか、紀元前の時代からこんな調子で大船団で海を渡れる技術があったというのですから、徐福やその他大集団が、その後の長い長い年月の間に、それはもう無数の人々が大陸や他の地域からも続々と日本に渡ってきたのでしょうね。
徐福伝説を残している各地域の人々も、そして私たちもその子孫なのかもしれません。

永山先生によりますと、日本には古くから「養老昆布(よろこんぶ)」といって長寿の祝いに昆布を贈る習慣があったとのこと。
人体の健康に大いに役立つ短鎖脂肪酸を産み出す水溶性食物繊維豊富な昆布などの海藻類は、精製糖質や加工された動物性脂質食品に溢れた現代においてはややもすれば摂取を怠りがちなので、意識して積極的に食べていきたいものですね。

日本全国に残された「徐福伝説の食べもの」も、四季折々の食材に恵まれて豊かな森林に抱かれ海に囲まれた我が国において、有史以前からの「各地域の食文化の継承」として位置付ければ、古代のロマンに思いを馳せながら楽しく美味しく味わえるものでしょう。


「ヘルシー長寿研究会2020」では、「高齢化」&「少子化」そして「多死社会」を迎えていく時代の中で、どのように「ヘルシー&長寿」を過ごしていけばいいのか調べて、読者の皆さまとお役立ち情報などを共有できたらと考えて記事作成してまいります。

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