バカ殿とビートルズ

アイーン!!!
バカ殿.jpg
ご存じ、我らが「バカ殿」様・・・・・・
その番組のテーマ曲と言えば・・・・・・・・

ゴゴゴゴゴ.jpg

ザ・ビートルズ
「バースデイ」!!!!

今日の特集は、バカ殿「再誕生祭」だぁああああ!!!!


志村がお笑いの世界に飛び込みザ・ドリフターズに加入することになったのは、高校の時夢中になったビートルズが関係していた。
志村は当時、ビートルズに憧れていて、彼らを真似し、高校生としては珍しいマッシュルームヘアをしていた。
高校2年生の時、ビートルズがコンサートで初来日。抽選に外れた志村は、チケットを持っていたクラスの女の子を説得して、なんとかチケットを手に入れた。
その来日公演で前座を務めたのがドリフターズだった……が、志村が観に行ったのは、ドリフが前座を務めた次の日の公演。
当時、ドリフへの思いはなかったと言う。
2人の兄は大学に進学。
志村は兄たちと別の道に進みたいと「コメディアン」になることを決意するが、お笑いの養成所はなく、デビューするには師匠に「弟子入り」か「付き人」からしかなかった。志村にとって問題は、誰に弟子入りするかだったが、なぜドリフを選んだのか?

中居正広のキンスマスペシャル(2019.4月放映)より抜粋

バカ殿マッシュルームカット.jpg
マッシュルームカットでキメる、高校時代の我らがバカ殿さま。

ビートルズ、マッシュルームカット.jpg
リンゴ、ジョン
ポール、ジョージ

ジョンレノン=志村.jpg
アイーン!!!
【悲報】ビートルズのバカ殿は、ジョンレノン先生だった!!

志村は「ドリフターズとコント55号、どっちに弟子入りしようか迷って。ザ・ビートルズが好きで、音楽をやっている方が良いとドリフを選んで、いかりや長介さんの家に行きましたね」とドリフを選んだ理由を告白。
衝撃の事実を聞いた宮根は「ビートルズが好きじゃなかったら坂上二郎さん、欽ちゃん(萩本欽一)のお弟子さんになっていた? そしたら、また違う笑い(芸風)になっていたんですかね?」と驚いた。

【志村けん×宮根誠司『新春ミヤネ屋』で恋愛&結婚について本音トーク;発行元:テレビドガッチ より、抜粋引用させていただきました


【ビートルズ来日公演前座】ザ・ドリフターズ のっぽのサリー 1966

ザ・ドリフターズは1966年6月30日、ビートルズ日本公演の前座を務めた。
僅か1分15秒の出演時間ではあったが、前座用のステージではなく、ビートルズと同じメインステージで演奏した(ただし、加藤のドラムセットはリンゴ・スターのものとは隔離されていた)。
これをきっかけに、ドリフが注目されるようになる。
なお、加藤茶は、ビートルズの前座はしたものの、警備が厳しくビートルズのメンバーには会えなかったと語っているが、いかりやは自著で(ドリフ側が)舞台から退場するときにすれ違ったと記している。

志村けんが1970年代からビートルズのレコードコレクターとして、所有している種類や枚数はかなりの数である。
自身の番組内にビートルズナンバーを度々使用している理由の一つでもあった。

【出典;ウイキペディア「ザ・ドリフターズ」より抜粋引用させていただきました】

【ビートルズ来日公演】ザ・ビートルズ ペイパーバックライター1966


私「スリム鳴造」が小学生だった1970年代前半は、志村さんはまだドリフターズの正式メンバーになる前でした。
そのころは、加藤茶さんの「ちょっとだけよ」が一大ブームを巻き起こしていました。
[HD] ドリフの全員集合 チョットだけよ [FULL]

荒井注さんが脱退してドリフターズの正式メンバーとなった志村さん。
確か、しばらくはこれといったキメのギャグもなく低迷されていた時期があったと思います。
それから数年後に「東村山音頭」や「カラスの勝手でしょ」で大ブレークしていく志村さんですが、この時期は既に私は中学生から高校生になっていたので、モロ子供向けのお笑いには興味がなくなっていました。

た・だ・し。。。。。で、ある。
洋楽好きだった私が、再びドリフターズと志村さんに関心を持ったのが「ひげダンス」と「早口言葉」でした。

ヒゲダンス〜灰皿投げ編〜  


ドリフ「早口言葉」


いかりや長介さんのチョッパーベース弾き風のノリが、会場とバンドとゲストを盛り立てる!
そして、この動画では「実は抜群のリズム感の持ち主、松田聖子ちゃん」や「何とアノ世界の三船敏郎氏」などゲストも盛りだくさんで見どころ満載です。
ウエスタンベース(いかりや長介)、ドラム(加藤茶)、 ウクレレハワイアン(高木ブー )、ロカビリー(仲元工事)という先輩メンバーの中で人気と実力をつけていった我らが志村けん殿。
そして、ひげダンスも早口言葉も、洋楽好きとりわけ当時はソウルミュージックを好んで聴いていたという我らがバカ殿、志村さん自らが外国の原曲をチョイスして企画を通したそうです。


DIANA ROSS and MARVIN GAYE don't knock my love

ソウルの女王と言えば、アレサ・フランクリンか、こちらのダイアナロス嬢でありましょう。
この動画の曲は「ドリフの早口言葉」の原曲ではないようですが、リフはそっくりですね。

1970年代後半と言えば、ソウルミュージックがディスコサウンドと融合しブームになっていましたが、我らがバカ殿はそれをお笑いを加えて日本のお茶の間に楽しく広めてくれましたね。
その後、黒人のメイクでリズム&ブルースの曲調でデビューしたシャネルズ(ラッツ&スター)のメンバー(桑野さん、田代さん)がバカ殿シリーズでレギュラーに採用されたのも、バカ殿とソウルやR&Bの話で意気投合し盛り上がったからなのかもしれません。
いかりやさんの後を継いだバカ殿の家老役の桑野さんも面白いし、そして何より「ひとみ婆さんシリーズ」の客役の田代さんは、志村さんとの掛け合いとリズム感が、良い味だしていましたね。


ソウルミュージックをこよなく愛したと言う「バカ殿」に、スリムちゃんブログでは、オーティスレディングの曲を捧げます。
Otis Redding "Try A Little Tenderness" Live 1967 (Reelin' In The Years Archives)  


ガッタ!ガッタ!

だっふんだ!


【バカ殿「年齢詐称」シリーズ】

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