古代人が教えてくれた「炭水化物が人類を発展させたのだ!」

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初詣に行きました(広島;早稲田神社)

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当神社は、古文書に「平地に小丘をつくり、永正8年(1511年)9月15日に神霊を安置された」とあるそうなので、本年2019年で、建立から508年経過しているということになります。
そして神社境内には、昭和32年(1957年)の神社再建工事の際に発見された「弥生時代中期後半(約2,000年前)の古墳発掘跡モニュメント」があります。
つまり、有史以前の2000年前から神社建立の室町時代を経て現在に至るまでは、脈々と絶えず人間が暮らしたり関わりを持っていた場所だということですね。
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出土された牡蠣やハマグリなどを中心とする貝塚の下層から約2000年前の熟年男性の墳墓が発見されました。
更にその近くの場所で、縄文時代早期(約9,000~6,000年前)の遺物包含層が分布し、押型文土器や石鏃などが多数採集されたとの事。
この神社が所在する場所は、何と1万年近く前から人々が脈々と住み続けていたことになります。
悠久の時を超えて「食を延々と繋いできた」場所に立ち、自然に手を合わしていました。

当神社は、平地から山地に向かった小高い丘に所在しており、比較的古くから開発された狭い道筋の住宅街に囲まれるような場所で、後背地たる山地は、ほぼ開発され尽くされて大規模団地となっています。
防災ハザードマップでは、山の谷筋からの土石流警戒区域を示す箇所が後背地の大規模団地を呑み込んでいるように色付けで記載されておりますが、その範囲は何と当神社のある場所の手前で終わっており、当神社境内を避けるように被害想定から外れております。
神社が昔からある場所は災害に強いと言われておりますが、有史以前の2000年前の昔の人も、災害に強い場所を知って、他の場所ではなく当地を選んで生活拠点にしていたのでしょう。か?
いや、それもそうかもしれませんが、むしろ有史以前の昔の人間にとっては「今神社が建っているような場所にしか、生活の拠点として住むことはできなかった。」というほうが正解なのかもしれません。
山・崖・谷・斜面・湿地・低地・川道・池・沼・そして、海といった、かつて人が住めなかった場所の多くを、文明が発達し様々な土木技術を持った、後の時代の人間が開発して栽培地にしたり住宅を建てたり街を作ったのでしょう。
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 約700年前、鎌倉時代の頃の広島です。
  広島駅も平和公園も八丁堀・紙屋町も、すべて海の中です。
    
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  ②約430年前、広島城築城当時の頃の広島です。
「たたら製鉄」の鉄穴流しや製鉄用燃料のための樹木乱伐により、大量の花こう岩のマサ土(大変脆い土質だそうです)が流出して太田川河口デルタ(三角州)が形成されつつあります。
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③現在の広島市。
主に江戸時代から現代にかけて、干拓と埋立により市街地が拡大していきました。

~画像①と②は、財団法人広島市文化財団HPより 
 画像③は、広島市公式観光HPより転載引用させていただきました。


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小高い丘にある早稲田神社の境内から一望する広島の市街地です。
この画像で見える景色は、神社が建立された約500年前はほぼ全域「海」でした。
500年という時間は、人類史というか卑弥呼登場の有史以降でも、「ほぼ最近」と言えるあっという間の短い期間ともいえます。
その短い期間に人間は、山の造成や開発そして海の埋立により「古代の人々が住めなかった場所」を開拓していき「街を作り、家を建てる場所」に変えていきました。
人間が手を加えた「山・崖・谷・斜面・湿地・低地・川道・池・沼・そして、海」に暮らすということが、すなわち人間社会が言うところの「自然災害」のリスク発生が高まる場所なのでしょう。
開発テクノロジーが発達して定住化が可能になったから穀物栽培が発達したのか、あるいは穀物栽培により定住地域拡大のため開発を進めていったのか・・・・
日本全体の人口が2000年前の弥生時代後期で約60万人という統計を信頼するとすれば、2017年現在の人口1億2700万人なので、現代の日本は古代に暮らす人口の約210倍の人々が毎日飯を食って人体機能を維持して生活していることになります。
僅か2000年前に比べて、200倍もの人間の「食い扶持」や「住まい」を確保することは「高度な社会システムの維持」なくしては成り立ちません。
人類の人口爆発が、人類以外の様々な生態系が暮らす地球環境にとって良かったか悪かったかは別議論として、我々現代人は「安定した食料供給および定住化によって人口爆発したからこの世に生まれることができた人類の子孫のひとり」であることを、謙虚に受け止めたいものです。
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縄文時代の日本列島全土に数万人しか暮らしていなかった時でさえ、人間は野生動物狩猟だけでは食べていくことが出来ず、どんぐり・木の実・イモなど糖質の多く含まれたものも含めて、何でも採集して食べていたのです。
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画像出典;富山県埋蔵文化財センター「小竹(おだけ)貝塚」より、転載させて頂きました。


米やパンや麺などの炭水化物(糖質+食物繊維)は、人類にとって必要不可欠なエネルギー源であり栄養素であります。
もちろん、エネルギー変換できなかった余剰の糖が脂肪細胞へ蓄積されて血管障害を起こす原因となる糖質の「過剰摂取」は避けるべきです。
そういう意味での「糖質を制限する」ことは、とりわけ代謝能力の低下した中高年にとって必要な食生活であると、スリムちゃんは思っています。

一方で、「昔の人類は米なんか食ってないから糖質摂取したらアカンのや!」とか、「炭水化物が人類を滅ぼす」とか「トンカツ屋に行っても衣外してトンカツ食え」とか煽りまくることを発言したりホンに書いたりして、米やコムギなどの糖質を徹底的に悪者に仕立てている「糖質制限推進センセ方」がいます。

我々の先祖や先人が力を合わせて築き上げてきた文明(食料の安定化、暮らしの定住化)を支えてきたビタミンミネラル豊富な穀物さえ目の敵にする「フード・ファディズム」のセンセ達には困ったものです。
これら「極論で何が何でも特定の栄養素を悪者にする」センセ方こそが、逆に「過剰な糖質を少なめにして糖耐能力を改善する」という「糖尿病の1つの治療方法としての糖質制限」への普及において、足を引っ張っている気がしないでもありません。

高度な社会システムの一員でなければ、我々は動物の肉も食えないし火を起こすこともできない、魚や野菜や穀物を毎日口にすることができない、それが現代に生きる人類であります。
そして安定した食料供給や多くの人々が支えあう社会システムが機能しなければ、水道も電気も物流も止まってしまい、ひいては個々の人体の生体維持があっという間に機能不全してしまうのが現代社会なのです。
日本だけでも1億2千万を超える人間の「すべての口」に、毎日食料を入れなければ、「ヘルシーがどうの、ダイエットがこうの」とのたまう私も、そしてすべての人々の人生も終わりです。
人体で「血管」に相当する社会の「物流・情報・エネルギー」を供給するシステムを支えるのは「規則性があって安定化した習慣や食料」が絶対不可欠です。
それゆえに、古代から人々は五穀豊穣・大漁・大猟・天候安定などを祈っており、安定した生活を次の世代へと受け継ぐことを願って、自然と折り合いながら今日の繁栄を築いてきたのでしょう。

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読み方;ごこくほうじょう
穀物などの農作物が豊作になることを幅広く指す言葉。
「五穀」は米、麦、粟、黍または稗、豆の5種類の穀物のこと。
「豊饒」は作物などが豊かに実ること。

ご自身も子どものころから食べてきてすくすくと成長し、立派な大人にしてくれた一助である「米や穀物」を「人類には不要だ。人類を滅ぼすんだ!」と目の敵にする偏ったホンを書いたりご主張されるセンセ達に、日本で暮らす人々を診察する資格があるのでしょうか?
いや、穀物は世界中の人が摂取しますので、やみくもに「糖質を悪者に仕立てる」糖質制限盲信派センセ方は「人類を診察する資格がない」と言っても過言ではありません。

内科医であれ整形外科医であれ形成外科医であれ、「とにかく糖質が悪い」と「医師の名のもと」において「特定の栄養素を敵視するフード・ファディズムに陥った民間療法のホン」を著作するのは、平成の次の新たな時代には金輪際止めて頂いて、これからは「糖質の過剰摂取による病変の治療」そして「糖質を上手にエネルギーに変換できる治療」を、糖尿病や習慣生活病のひとつの治療法として「過剰な糖質をコントロール」として、「従来治療のひとつの選択肢としてのガイドライン化」の実現化に向けて、「糖質を味方」とした「糖質制限」をどんどん推進して頂きたい、というのが、一時期とはいえ狂気のごとく「糖質制限にハマった」私、スリム鳴造の切なる思いであります。
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