【Happy】 ハッピークリスマス【 Xmas 】

今から38年前の今日、1980年12月9日午後6時半頃。。。。
当時高校3年だった私は、深夜の受験勉強に備えて夕方は仮眠するのが日課でした。
ウトウトしていると、突然、本当に全く唐突にジョンレノンの「イマジン」のイントロがラジオのニュース番組から流れてきました。
ニュースアナウンサーが何かを言うまでの刹那・・ほんの数秒間、以下のようなことが頭に浮かんだことを、今でも覚えています・・・・

・・・お?来年春だと噂されているジョンとヨーコの来日コンサートの日程発表か?
・・・ふふふ、来日時にポールみたいに大麻やらで逮捕されなければ良いが・・・
・・・それともジョンは何かで逮捕されたのか?
・・・いや、それにしては何で湿っぽいイマジンが突然流れるんだよ、ジョンに何かあった?・・・

////数秒後・・・・・・

アナウンサー「ニューヨーク共同。現地時間8日午後11時頃、元ビートルズのメンバー、ジョンレノンが自宅アパート前で待ち伏せしていた男に拳銃で撃たれ死亡しました・・・・」
高3の私「           」

ラジオは事件の詳細についてはそれ以上何も言いませんでした。7時のNHKニュースを観ました。ジョンの死は事実でした。。。

その年(1980年)は、1月に日本公演で来日したポール・マッカートニーが大麻所持で逮捕され、確か1週間くらい拘留された後、国外追放処分になっていました。
一方のジョンレノンは5年間の沈黙を破り音楽活動を再開し、11月に夫人のヨーコ氏との共作アルバム「ダブル・ファンタジー」を発表したばかりでした。
double fantasy.jpg

私が最初に洋楽に興味を持ったのは中学生の頃で、主に映画音楽が好きで、NHK-FMの「関光夫のポピュラーアラカルト」という番組を毎週聞いていました。
そんな洋楽への関心や友人の影響もあって、高校時代はビートルズやローリング・ストーンズ、クイーンなどに夢中になっていきました。ビートルズとジョンのアルバムはほとんど買いました。
当時、ポールやストーンズやクイーンは毎年ニューアルバムを発表していましたが、ジョンは1975年の息子誕生とアメリカ政府との裁判に勝ち「永住許可」が降りたのを契機に、音楽活動を停止しているとの事でした。
そんな時にジョンが再び音楽活動を再開したとあって、私のみならず世界中が固唾を呑んで見守り、そして待ちに待って発売されたニューアルバムを毎日聞いていたはずです。
私も家に帰ったら毎日「ダブルファンタジー」を聴いていました。まるでジョンと毎日会っているような気持ちでした。「ジョンも元気でやってるな!よおし、俺も受験がんばるぞ!」という感じでしょうかw


まだジョンが存命中にリアルタイムで聴くことができた「わずか1ヶ月弱の間、世界中が共有したジョンの”新しい声”」・・・これは、私、いや世界中のファンにとっては、今でも決して忘れることができない魔法がかかった夢のような時間だったのかもしれません。

Watching The Wheels (アルバム;ダブル・ファンタジーより)
~johnlennon-公式Youtubeチャンネル~

Watching The Wheelsは、私が1番好きなジョンの曲です。初めて聴いた時から40年近く経過した今も変わりません。ジョンの声は素晴らしいですが、この曲では特にその魅力が味わえる「レノン節」がさく裂しています。
レノン節とは例えば曲中の「ゲェ~えええム」の”え”。「ボォ~おおおル」の”お”。他のジョンの曲やビートルズの曲でも楽しめますので、探してみてください。
この曲では「みんな俺が表舞台にいない事を心配してくれるが、大丈夫だ。ここで坐って高みの見物するのが好きなんだ。だけどメリーゴーランドにはもう乗ることはないよ。」と語るジョン。
メリーゴーランドとは何でしょうか。権力者や国家が意のままに、影響力を持つ人気芸能人に同期や同調を求める圧力かもしれません。
元々ジョンという人はビートルズ時代に王室に向かって「安い席の人は拍手してください。高い席の人は宝石を鳴らしてください」と言ったり、「今の若者にとってビートルズはキリストより人気がある」と発言し、アメリカでビートルズ排斥運動が起こったりと、何かと物議を醸しだしていました。
レノン以下ビートルズは、公民権運動盛んな1964年のアメリカツアーでは、黒人と白人の席を分離する会場での公演は拒否すると発言するなど、やはり「操り人形のアイドル」とは全く違っていたのでしょう。
ビートルズの世界的成功により、権力者や国家に忖度しなくても生きていけるジョンは、敵国敗戦国の日本人の女性である妻ヨーコとともに、女王から授かった勲章メダルを返還したり、ベトナム戦争に反対する平和運動を行いました。
つまり、自分の人気稼業「ビートルズの世界的影響力」を、国家権力の言う通りには使わないと宣言して、実際に市民に混じって戦争反対のデモ行進や集会に参加するなどの活動を行ったのでした。



Power To The People (Ultimate Mix) - John Lennon/Plastic Ono Band
人々に力を~johnlennon公式チャンネルより~

ジョンを国外へ追い出そうとしたアメリカ政府は裁判で負けてしまった。喜劇王チャップリンを追放したあのアメリカが。。。。ビートル野郎はそのまま大人しく表舞台から消えてくれれば良かったが、5年ぶりに、またぞろ姿を現しやがった・・・
折しも時代は、アメリカソ連の冷戦真っただ中、右派共和党の新大統領レーガンの就任直前であった。
ジョンのケツ持ちは、何の利害関係も持たない純粋な何億もの世界中のファンだ。若者を中心に間違いなく世界一の影響力を持つビートル跳ねっ返り野郎のジョンが、また何かやらかすのか?
しかもレノンの奴は「俺より頭のおかしい奴」と惚れ込み「俺の人生の師匠」と呼ぶ最強の妻、黄色人種のヨーコが彼の燃料投下剤&精神安定剤になっている。
この2人は全裸を世界中にさらけ出しているので隠すものがない、つまりスキャンダルでも消せない、裁判でも追い出せない、しかも奴さんは、解散した今も世界で一番影響力を持つアノ「ビートルズ」の親分だ・・・・・
ならば・・・・方法はひとつだ・・・レノン君。手荒なマネはしたくなかったんだがね・・・・

(注意;「レノン暗殺事件」は、公式では狂信的なファンによる単独犯行として処理されているようです・・・「公式」では、な。)


篠山紀信、ジョン&ヨーコ.jpg
画像撮影;篠山紀信さん
この写真はダブル・ファンタジーのアルバムジャケットと同じ日に撮影されたようですが、35年後に初めて公表されました。
私はこの写真を見たときに「えっ?これは凄い」と、衝撃を受けました。
「ビートルズを解散に追い込んだ東洋人の女」とか、「ジョンを騙した悪い女」と人種偏見と女性蔑視のレッテルを貼られ、世界中からバッシングを受けていたオノ・ヨーコ氏。
この画像のジョンは、まるで「世界中のお前らがヨーコをどう思おうがかまわんが、俺はヨーコを守るからな」と宣言していようです。

35年後、ダブルファンタジーの思い出を語り合う篠山紀信さんとオノ・ヨーコさん。
Kishin Shinoyama, John Lennon & Yoko Ono - Double Fantasy yokoono-公式Youtubeチャンネル


「やっぱり殺されてしまうんだ」・・・と、当時高校生の私でさえ思ったくらいだから、世界中の大人のファンも暗黙の内に色々察したであろうタイミングで、ジョンは旅立ってしまいました。

妻の目の前で撃たれたときにジョンが大事に手に握りしめていたのは、その日ジョン自身がギターソロを担当した愛妻ヨーコの新曲が録音されたカセットテープだった・・・・

Yoko Ono - Walking On Thin Ice


そう言えば、いつも元気いっぱいのイメージだったオノ・ヨーコさんはここ最近体調を崩されているようです。
しかし、ご自身が体調が良くないのにもかかわらず、樹木希林さんの葬儀に送られたヨーコさんのメッセージは、友人を思いやった心優しいものでした。
「裕也さんもさぞかしショックでしょう。樹木さんが先に逝ってしまわれるなんて。お嬢さんのためにもマッチョにならないで。ご自分の体を守って、頑張ってください。お酒のまない、タバコすわない。やってみてください。ほかの人のためにも自分を大事に」


現在85歳のヨーコさんは、病魔と戦って懸命に生きているのだろう。
「世の中で俺が怖いのは樹木希林とヨーコさんだ」と語っていた「ロッケンローラー&シェケナベイビー」の内田裕也さん。
ヨーコさんの言う事なら素直に聞きそうな気がしますので、身体を労わって元気になって、Vシネマあたりの悪玉親分役で出演してもらって、再び活躍してもらいたいものです。


毎年ジョンの命日が過ぎたら、すぐにクリスマスがやって来ます。月日の流れの速さには本当に驚くばかりです。
Happy Xmas (War Is Over) -
John & Yoko, The Plastic Ono Band with The Harlem Community Choir

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